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こんにちは、黒猫です。

今宵は、夏の終わりに怖いお話をひとつ。黒猫さんの力じゃ怖くならないかもしれないけど。

とある深い森の中、そこには無人の館がありました。長い間無人であった館でしたが、朽ち果てる事無く、まだ人が住んでいた頃の姿形をそのまま保っているのです。
ある時、若い男女3人がその館を訪れました。彼らは航空宇宙工学を学ぶ大学生で、一夏の思い出にと肝試しに来たのです。
今にも崩れそうな門を潜り、新品同様の館の玄関を開けると、彼らの頬をフワッと生ぬるい風が撫ぜるように吹きました。これは何かあるかもな、と1人の男が、少しだけ不快そうにニヤッと笑いました。

懐中電灯で辺りを照らして見てみると館の中は少し埃がたまっていましたが、「朽ちている」という印象は無く、木のテーブルなども腐る事無くその形をとどめていました。まるで今まで誰も人が使っていないかのように整ったままなのでした。
あまりにも綺麗過ぎる、あまり怖くないないなぁ、と彼らは少しガッカリしながら館の2階へと向かったのです。小さく、階段の軋む音がひとつだけ多く聞こえました。
2階も同様に綺麗なままで、虫一匹すら見ないその館は、生きる者全てを拒絶しているようでした。
面白くないし、帰ろうか。と1人が言った時、奥の部屋で物音が聞こえたのです。
それに気がついた彼らは顔を見合わせ、駆け足気味に奥の部屋へ向かったのです。奥の部屋の扉は、他の扉と違い、どこか古ぼけた、木の扉でした。
ドアノブに手をかけると、ヒヤッとした温度が手に伝わります。そのまま捻ると、ギギギと軋む音がしてその扉が開きました。
中は真っ暗で、懐中電灯でいくら照らしても、部屋の奥が見えないほど異質な暗さなのです。
これはヤバイ。
そう直感で感じた彼らは、そこからすぐに離れようとしましたが、扉を開けた男はドアノブから手を離せず、残りの男女は張り付いたように足が動かなかったのです。
冷や汗が止まりませんでした。闇が自分たち飲み込むような、そんな感覚に襲われていきました。そして、全てが闇に飲まれた時、彼らは部屋の中に閉じ込められてしまったのです。
懐中電灯の明かりはつかず、お互いの姿すら確認できず、声を出そうとしても、その声すら闇に飲まれてしまうのです。
すると、ヒタヒタと小さな足音が聞こえました。物音ひとつ聞こえない部屋の中で、その小さな足音だけが響いていました。
そしてその足音が彼らの目の前で止まり、カコーンとひとつ大きな音が鳴り響いた瞬間、闇は彼らを吐き出しました。ジットリと汗ばんだ手を動く事を確認した彼らの目の前には、桶が一つ転がっていました。
その桶は、見た事もない形をしていて、航空宇宙工学を学ぶ彼らにとってなにか大きな発見がある桶でした。

館から脱出した彼らはその桶を持ち帰り、その桶をあらゆる角度で研究しました。そして、その桶を低コストでの量産に成功し、彼らは桶ひとつで大金を手に入れたのです。
今ではそれぞれ独立し、1人の男は更なる桶の可能性を見て研究を続け、1人の女はその知識を生かしてJALに就職。そして1人の男は桶を売る商売を始めました。
この時代に桶屋なんて、と周囲は物凄い反対をしましたが、彼には確信があったのです。3人の研究結果は、あの時屋敷で見つけた桶は必ず受け入れてもらえるものであると。
その確信通り、彼の桶屋は莫大な利益を上げました。一部上場も果たし、長者番付にその名を連ねるほどになりました。
そして彼は、深い森の奥にあったあの屋敷を買い取りました。
あの一軒以来、屋敷は役目を終えたかのように急激に朽ち始め、今ではすっかり廃墟となってしまいました。
彼の家族は無駄遣いだと反対しましたが、彼は頑なにこの館を買うといって聞かず、取り壊す事もせずぁといってリフォームする事も無く、崩れぬように管理するだけで決してそこに住む事も無く、誰かを住まわせる事もせず、たまに訪れては黙って館を眺めているだけでした。
おかしくなってしまったのか、などという人もいましたが、彼は心の中で感謝をしていたのです。
今の暮らしはあの時の事があったからこそです。館は3人に桶を託したのです。我々は選ばれたのか、それともただの偶然だったのか。
それにあの足音は一体なんだったのか。何故あの部屋だけ〝時の流れが違ったのか〟。
彼は一度だけ、ゆっくりと頭を下げると、その館に背を向けて歩き出したのでした。




結局桶屋は儲かるんだよ。
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